春秋

似たような話が日本になかったわけではない。売春防止法の制定をめぐる贈収賄、世にいう売春汚職について書いた記事の中身が名誉毀損にあたるとされ、読売新聞社会部の敏腕記者、立松和博が東京高検に逮捕された事件があった。1957年(昭和32年)のことだ。

▼経緯はノンフィクションの名作「不当逮捕」(本田靖春著)に描かれている。著者は書名で立場を明らかにし、記者が刑法の名誉毀損罪に問われる異常さや、逮捕の背後に検察の権力争いがあったことなどをつまびらかにした。それから半世紀あまり、言論の自由という同じ価値観を持つはずの国で異常なことが起こった。

▼韓国の検察当局が、朴槿恵大統領の男性関係に関する噂をネット上でコラムにした前の産経新聞ソウル支局長を、名誉毀損罪で在宅起訴した。言論の自由と重い責任は表裏である。そのことへの不断の自問が記者には必要である。それでも、起訴には不都合な記事を力で押さえ込もうという権力のおごりを見ざるをえない。

▼領土をめぐる日中韓の確執が深刻になった2年前、国民感情に与える影響を安酒の酔いにたとえたのは作家の村上春樹さんである(朝日新聞)。「安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、注意深くならなくてはならない」。安酒を飲むな。安酒に酔うな。韓国を批判しつつ、そう肝に銘じる。

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