「伝統の否定」が伝統 京大アメフト物語(3)

軌跡

2011年、西村大介は京都大学アメリカンフットボール部監督を前任の水野弥一から引き継いだ。最後に学生日本一になって15年が過ぎていた。選手、コーチとして水野に仕え「僕の半分はあの人でできている」と語る西村だが、今の学生は水野式スパルタに耐えられないと感じていた。

京大の西村監督(京都市内のクラブハウス)

西村は作戦案を選手に考えさせて自立を促したが、3年目で頓挫した。関西学院大学と2強を占める立命館大学を下し、それでも3位。「戦力、戦略、環境の全てが違う」

翌年は米国の大学を巡り本場の流儀を学んだが、監督の留守がたたって7位。創部以来、初の入れ替え戦に回る。相手は水野が率いる追手門学院大学だ。52-0で退けた後「やりたいようにやりなさい」と師に言葉を贈られた。

この年以来、新たな改革が進んでいる。米NFLでプレー経験のあるアダム・スワードをコーチに招き、リクルートにも注力。大阪・高槻高校などから競技経験者を加えつつ、他競技で全国大会一歩手前の選手に「受験勉強を教えよう」と誘いをかける。アメフトという縛りを外せば、京大には他校にない全国的な訴求力がある。

「休部はOK。米国のアメフトを見てきてくれ」と留学希望者も受け入れた。「リーマン・ショック後、優秀な子ほど海外で勝負したがるようになった。そういう子はぜひ欲しい」。今のトップエリートは辛抱に弱いが変化に強いと西村は考える。人材がそろうこの2年が勝負だ、とも。

「水野さんのやり方をなぜ変えた」とOBによく叱られる。「変革こそ水野イズムです」と西村はやり返す。他校に先駆けてクラブハウスを建て、専任コーチを置いた師は変革の人だった。伝統の否定という伝統は今も生きている。(敬称略)

=この項おわり

次回は「ATR 花開く基礎研究」

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