「日本遺産」篠山の敬意 小京都30年とこれから(3)

軌跡

「♪ヨオーイ ヨオーイ デカンショ♪」。民謡のデカンショ節にあわせて城跡で華やかに踊る盆踊りは、兵庫県篠山市の真夏の風物詩だ。

日本遺産効果で今年8月のデカンショ祭の人出は昨年比3割増(兵庫県篠山市)

小京都の篠山は近世に京都と山陰・山陽を結ぶ往来の要衝だった。徳川家康の命で豊臣家と西日本の大名を分断する軍事拠点として篠山城が築かれた。江戸時代の町並みや建物群の意匠(屋根、壁、格子窓など)が住民の努力によって見事に保存されており、2004年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

文化庁は今年4月、全国の18カ所を、歴史の魅力の高い地域として「日本遺産」に認定した。京都の茶産地、滋賀の琵琶湖畔、奈良の飛鳥などと並んで兵庫からは篠山を選んだ。「江戸時代の民謡を起源とするデカンショ節によって、篠山の風土や人情、名所、名産品が歌い継がれている」と文化庁は評価した。

小京都の篠山ではなく、「日本の篠山」と宣伝しても良さそうだ。しかし酒井隆明市長は京都市へのオマージュ(敬意)を込めて「城下町や歴史文化を売り物にアピールする篠山にとって、京都市さんから学ぶことは多い」と語る。さらに「全国のまちが観光振興の名目で開発が進み、どこも似通ってきている。だからこそ小京都のまちの連携は意義がある」と強調する。

話は少しそれるが、デカンショの語源は興味深い。諸説ある中で、1955年に発行した「篠山町75年史」はこう記している。明治時代に篠山で育った学生たちがデカルト、カント、ショーペンハウアーの哲学者の名の頭文字を取って唄ったことが有力説なのだと。この説の通りなら、京都帝国大学の西田幾多郎を始祖とする京都学派の哲学者人脈を連想させ、篠山はまさに小京都と呼ぶにふさわしい。

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