発表日:2020年12月05日
生命の不思議を"ピンポイント照射"で明らかに
~マイクロビーム照射を用いて脳神経系の発生や運動機能を解明~
【発表のポイント】
・厚みがあるメダカや線虫(1)の個体の局部を、神経機能に影響しないように麻酔をかけずに、さまざまな照射サイズで刺激できるマイクロビーム局所照射技術を開発
・メダカ初期胚で、損傷を受けた細胞の割合や数が脳神経系の発生過程の中断を決定していることや、線虫の全身屈曲運動が中枢神経から独立したメカニズムでも制御されていることを明らかに
・マイクロビームが、既存の技術では実現できなかった未知の生命現象の解明に有効なことを実証
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」という。)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所プロジェクト「マイクロビーム生物研究」の舟山知夫プロジェクトリーダー、鈴木芳代主幹研究員らは、国立大学法人東京大学(総長 五神真)大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻の保田隆子特任准教授、尾田正二准教授ら、国立大学法人広島大学(学長 越智光夫)大学院先進理工系科学研究科先進理工系科学専攻の辻敏夫教授、曽智助教らと共同で、イオンマイクロビームで細胞にピンポイントで刺激を与える技術により、生物の脳神経系の発生制御や全身の運動制御のメカニズムの一端を解明することに成功しました。
マイクロビームは、高エネルギーに加速したイオンをマイクロメートルサイズまで微小化したもので、生物の細胞の構造を破壊することなく、狙った位置にピンポイントでエネルギーを照射できます。これまで薄くて動かず狙いやすい培養細胞や麻酔した生物を照射して応答を調べる研究に使われてきました。生物の脳や神経系では、さまざまな細胞が複雑に連携して機能を実現しています。しかし、その全容の解明には、細胞同士の接続も含めた包括的な解析が必要です。そこで、量研では、マイクロビームで脳や神経系の細胞をピンポイントで照射できれば、その細胞同士の接続を破壊せず、刺激を与えて複雑に連携した機能を解析できると考えました。従来のマイクロビームイオン照射技術を、厚みがある生体試料に対してもさまざまなサイズで照射できるよう改良し、これまでできなかった、厚みがあるメダカや線虫の個体の局部を、神経機能に影響しないように麻酔をかけずに、狙った照射サイズで刺激する技術を開発しました。
開発したイオンビーム照射技術で、メダカの脳神経系の発生を制御するメカニズムを探るため、メダカ胚の一部をマイクロビームのサイズを変えて照射し、その後の発生への影響を観察しました。その結果、重度の損傷を受けた細胞の割合や数が発生過程の中断を決定していることがわかりました。これは、哺乳動物の発生の制御や奇形を防ぐ機能の理解に役立つ成果です。
また、神経回路と運動制御のモデル生物である線虫で、全身屈曲運動を司る部位を特定するため、開発したマイクロビーム技術を用いて照射を行いました。中枢神経を含む線虫の頭部領域をマイクロビームのサイズを変えて照射した結果、全身屈曲運動は中枢神経だけでなく、それから独立したメカニズムでも制御されていることが明らかになりました。本研究を通じて、既存の技術では実現できなかった未知の生命現象の解明に、マイクロビーム局部照射が有効であることが示されました。今後は、より多様な生物の生命の不思議を、マイクロビームを用いて解明していきます。
これらの成果は、Biology誌の特集号"Brain Damage and Repair:From Molecular Effects to CNS Disorders(脳の損傷と修復:その分子効果から中枢神経系における障害まで)"に2020年12月5日(土)8:00(日本時間)に掲載されます。
※以下は添付リリースを参照
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添付リリース
https://release.nikkei.co.jp/attach/601247/01_202012041439.pdf