「イエス」は未来をひらく アン・リチャーズさん

フィデリティ・インターナショナルCEO

【NIKKEI The STYLE 2019年11月17日付「My Story」を再掲】

Anne Richards 1964年、スコットランド・エディンバラ生まれ。
素粒子研究の欧州合同原子核研究機関(CERN)研究員から投資の世界に飛び込み、
英金融街シティ屈指の女性リーダーに。2018年から現職。
企業役員の女性比率を3割に引き上げる「30%クラブ」の運営委員も務める。
「日本でも取り組みが始まって意見を交わせるのがうれしい」(東京都港区のフィデリティ投信本社で)

フィデリティ・インターナショナルCEOのアン・リチャーズさんは、英国の金融街シティーで最も有名な女性だ。目まぐるしく動く市場に魅せられ、素粒子の研究者から転身。その異色の才能は、所属した運用会社のまさかの事態で花開いた。

彼女に自分はずっと励まされてきた気がする。「前向きに生きなさい。いいことが待っているわ」。メミーおばさん。スコットランド・エディンバラの実家の近くで暮らしていた伯母だ。

彼女は13歳のときに母を亡くした。20世紀初頭に大流行し、多くの命を奪ったスペイン風邪が理由だった。父親は鉱山労働者。幼い6人の弟妹を育てるのは彼女しかいなかった。学校を辞め、家に入った。

ずっと働きづめで、つらく厳しいこともあっただろう。でも小柄な彼女の優しい笑顔の中にそれはみえない。「50年前よりも世界はよくなった。未来はもっとよくなるわよ」。そう声をかけ続けてくれた。

伯母の言葉に学んだ 「前向きに生きる」

フィデリティ・インターナショナルの最高経営責任者(CEO)に上り詰めた今、メミーおばさんの言葉が深くわかるようになった。米国に兄弟会社があるフィデリティは世界屈指の資産運用グループで、顧客から預かる資金は約3兆ドル(330兆円弱)に達する。その多くは家計から託されたものだ。「私たちはお客様の未来を背負っている」

もとから金融や投資に興味があったわけではなかった。子どもの頃から好きだったのは「課題を解くこと」。車の長旅でも、なぞなぞやパズルがあれば飽きることはなかった。

学校では数学が一番得意。だが親は法律家で、自分の子が数学の道を望むなどとは思ってもない様子だった。「課題を解くのが好きならエンジニアがいい。きっと職も得られるだろう」。物理学の先生のアドバイスで地元のエディンバラ大学に進んだ。

決して裕福な学生ではなかった。休みにはマンチェスターの百貨店で売り場に立ち、「ハギス(羊の内臓を胃袋に詰めてゆでたスコットランド料理)」を売った。パソコンの生産ラインに立つ仕事もして学資を稼いだ。

勉学が実り、国際的な素粒子研究で知られる欧州合同原子核研究機関(CERN)の研究員になる。スイス・ジュネーブの施設の地下には、電子と陽電子を加速して衝突させる1周27キロメートルもの大型加速器があった。

物質と宇宙の謎に迫る研究は刺激に満ちていた。ただある日、成果を出すのにどのくらいかかるか、研究者の1人に聞いた。返答は「30年」。その後のヒッグス粒子の発見時期を見事に言い当てていたわけだが、「当時20歳代の自分には遠い先のことに思えた」

もっと目に見える成果がほしい。悩んだ末にCERNを去り、ビジネススクールへ進んだ。株式市場を解説する新聞記事を読むのも初めてだったが、夢中になった。「まるで万華鏡みたい」。筒のなかでかけらが美しい模様を描くように、市場も経済や政治、企業活動といったかけらが無限にパターンを変える。「常に揺れ動くマーケットを相手に仕事をしてみたいと思いました」

ロンドンの金融街シティーでアナリストとして再出発する。研究者時代の知見を、技術の先読みに生かした。例えば携帯電話だ。「ちょうど家庭に普及するころ。小型化のカギは電池の技術だと考え、有望企業を徹底的に調べた」。会社が準備した冗舌な資料よりも、何を会社が説明していないかを探した。

キャリアを重ねていた2002年、ある資産運用会社から最高投資責任者(CIO)に就いてほしいというオファーが舞い込んだ。小規模ながら上場企業だ。メミーおばさんの言う「いいこと」がやって来たのだろうか。返事はもちろん「イエス」だ。

移籍後わずか6週間 幹部の大半が去る

そこで嵐に巻き込まれようとは思いもよらなかった。入社から6週間目のある日、会長と2人で大株主を訪れると「渡したい手紙がある」と切り出された。「株主の手紙にいいことはまず、ない」。予感通り、CEOら主要役員の解任を求めるものだった。

慌てて持ち帰り、緊急の取締役会を開く。会長や社外取締役は辞任し、法律顧問からは「CEOに退任を言い渡すしかない」と指示された。「オーケー……」。最後に役員に残ったのは自分ともう1人だけ。「CEOも社外取締役もいない上場会社の経営を突然しなければならなくなったんです」

当日は年に一度、全ての顧客を招いた晩さん会だった。「登壇しましたが、何を話したか覚えていません」。半年かけて経営を整え、最後は株主が望む身売りの道をとった。かつてない困難な課題を必死で解き「短期間で多くを学びました」。借り入れに頼りすぎないこと、取引相手のリスクを常に見ておくことの大切さ。その経験は後のリーマン・ショックの対応で生きた。

そしてもっと大きな「いいこと」がやってくる。「フィデリティでCEOをやらないか」。ビジネススクール時代、最もあこがれた運用会社だ。心を躍らせての「イエス!」だった。

フィデリティでは、大きな旗を掲げている。まず「ESG(環境・社会・企業統治)投資」。気候変動や人権問題など、世界は多くの課題に直面している。「より良い企業に資本を配分するのが私たち本来の役目であり、その責任がある」。企業に対し、今までにないESGスコアの作成を始めた。

もうひとつは「女性の投資」だ。「女性はお金で自立できれば、人生にもっと選択肢が広がる」。調査すると、投資では女性の方がバランス良く判断できるとの結果も得られた。「例えばアフリカのルワンダでは女性の活躍が経済全体を潤しています」

メミーおばさんが笑顔で話していたように、きっと「未来はもっとよくなる」。前向きに取り組めばきっと課題は解ける。今春の講演で、目を輝かせる学生たちに言葉を送った。「まずイエスといってみること。それがいつも自分を見たことのない面白い場所へ連れて行ってくれるのよ」

【My Charge】育てた植物に癒される 学ぶべきは忍耐強さ
 好きなことは「育てること」だという。「成長していく植物の姿をみるのが、自分にとって癒やしになる」。エディンバラの自宅の庭は1年365日、季節の巡りとともに「匂い」が変わっていくように草花が隙間なく植えてある。「3次元の立体に、匂いも加えた4次元の庭です」

 クリスマスローズ、マツユキソウ、クロッカス。アジア原産のサルココッカも好きなひとつで、桜も植えている(写真上)。それにバラ、アベリア。「すてきな香りが私を包んでくれる隠れ家のような花園。案内しても、何も匂わないなんて人もいるけれど」と笑う。
 野菜も育てている。英国では産業革命時代、工場の働き手として地方から出きた人たちの食事が貧しく、困窮対策として「アロットメント」という小さな区画の農地が配られた。それが市民農園としていまも残っているのだ。
 ジャガイモ、ニンジン、ニラ、芽キャベツ。土地を耕し、苗を植え、あとは育つのを待つ。「急いでもだめ。学ぶべきことは忍耐強さです」。そして待ちに待った大地の恵みを収穫する。「初ジャガをゆでてフォークで刺す瞬間が特別なの。皮をむいて顔を出した黄金色をみるとワクワクしてくる」

 オフにきまって出かけるのは山だ。夏山の登山、冬はスキーを楽しむ(写真下)。「山頂の澄み切った空気と全面に広がる眺めが、私を自由な気持ちにしてくれる」。スキーで一番の場所をあげるとすれば、スイスのナンダという場所がお薦めだという。「渓谷を見下ろす眺望が何より素晴らしい」
 習い事も大好きで「毎年ひとつ、新しいことを始めると決めている」。昨年はヨガで、今年はアコーディオン。クリスマスプレゼントでもらった。
 日本との最初の接点は高校生のときだ。日本人のペンパルと手紙を交わした。名前は「ユキ」、差出地は新潟だった。当時の日本は高度成長期。かたや英国は労働ストライキが吹き荒れていた。「こちらは一週間に3日も停電なんて頃でした」。日本が輝いてみえた。
 受け取った手紙は大事に実家にとってある。「季節のご挨拶を必ず入れるのが礼儀、と書かれていたのを覚えています」。地球の反対側の異文化との出合いだった。「いつか彼女に会えることがあれば、すてきね」と思っている。

藤田和明

三浦秀行撮影

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