開戦前に日米の差を算出 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月27日 日本はペリー来航時には米国を恐れすぎ、真珠湾攻撃の時には米国をなめ過ぎた。アンガス・マディソン『世界経済の成長史』(金森久雄監訳、東洋経済新報社)を参考にすると、ペリー来航の3年前、1850年の米国の国内総生産(GDP)は日本の1.8倍前後。ところが真珠湾攻撃の1941年にはこの差は約5.4倍に開いていた。この年、英国のGDPは日本のおよそ1.7倍。米英で日本の7倍以上だ。しかもこの時日本は中国 開戦前に日米の差を算出 磯田道史
日本の成長を明らかにする 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月20日 前回、高島正憲『経済成長の日本史』を紹介した。1000年の長さで日本の国内総生産(GDP)が推計され、その成果でみれば、日本が世界でも裕福であった期間は短い。むしろ古代中世はずっと「最貧国」であったとされる。奈良時代、日本の1人あたりGDPは、1990年時点の米ドルの購買力を基準にした国際ドル換算(以下同)で400ドル弱と見積もられている。 西暦1000年前後、1人当たりGDPが1000ドル近く 日本の成長を明らかにする 磯田道史
日本の成長 大胆に振り返る 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月13日 経済史は数量化で異時点・異空間の比較ができる。だが限度もある。私の学生時代、長期経済統計といえば100年が限界。明治期以後の国民所得計算であった。それより古い時代の国内総生産(GDP)の推計は幕末長州藩の推計ぐらい。古代から日本の超長期GDP推計をやって近現代にドッキングできないか。そんな夢を抱いたが勇気が出なかった。 前近代は史料が乏しい。多くの「仮定」を入れなければGDPは出ない。私はなまじ 日本の成長 大胆に振り返る 磯田道史
教科書とは異なる日本史 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月6日 親族の医師に言われたことがある。「歴史などはあまり学説が変わらないでしょう」。そんなことはない。医学ほどではないものの、歴史学は文系の学問のなかでは学説が激しく変化する学問である。最新の歴史像は昔の教科書とは全く違う。ここで紹介したいのは、日本史研究の最先端を知る概説書『日本史の論点』(中公新書)である。 例えば古代史。邪馬台国の所在地論争はもう古い。いまや研究者は邪馬台国を北部九州から近畿にひ 教科書とは異なる日本史 磯田道史
折口信夫がのこした幻想小説 長谷川宏 半歩遅れの読書術 1月30日 古代・中世の歴史、民俗、文学に深く通じ、ゆたかな感性と想像力に導かれて前人未踏の世界に探りを入れる学問的著作を次々に発表し、また釈迢空の名で『海やまのあひだ』『春のことぶれ』などの歌集を刊行した折口信夫は、霊界と現実界が通い合う幻想的な中編小説『死者の書』(角川ソフィア文庫)の作者でもあった。目慣れぬ漢字や振仮名があちこちに出てくる古風な文体の書だが、ゆっくり読み進むうちに、古めかしいことば使い 折口信夫がのこした幻想小説 長谷川宏
夢想の世界つづる芥川比呂志 長谷川宏 半歩遅れの読書術 1月23日 戦後文学を代表する作家の一人・堀田善衞の作品に『若き日の詩人たちの肖像』(集英社文庫、全2巻)がある。みずからの経験をもとに戦争中の青春群像を描いた長編小説だ。 政治・経済・文化のすべてが戦争完遂へとなだれこむ天皇制ファシズムのもと、絶望と憔悴(しょうすい)と虚無を強いられる若者たちの日日を描いたものだ。骨身に沁みるように時代の暗さを経験した作家は、人物を戯画化し誇張し、人物名を「冬の皇帝」「良 夢想の世界つづる芥川比呂志 長谷川宏
戦いの本質に敗北の影 長谷川宏 半歩遅れの読書術 1月16日 古代ギリシャの史家ヘロドトスの『歴史』(松平千秋訳、岩波文庫、全3巻)は、紀元前5世紀のペルシャとギリシャの戦いを軸に、当時のイタリア、ギリシャ、小アジア、エジプトの歴史および地誌を幅広く記述した書物だ。戦いの記事はテルモピレーの戦い、サラミスの海戦、プラテーエーの戦いなど、手に汗にぎる緊張感が漂うし、地中海沿岸各地の歴史・地誌は周辺世界を広く旅行したヘロドトスの見聞が生かされ、加えて地方の言い 戦いの本質に敗北の影 長谷川宏
奴隷出身 偽りの王の成長物語 長谷川宏 半歩遅れの読書術 1月9日 10人前後の生徒を相手としたわが塾の授業で、最後の15分は児童文学を順番に朗読する時間としている。読み終わるのに厚い本だと半年近くかかる。 そこで何回か取り上げたのがイギリスの児童文学者ローズマリ・サトクリフの長編小説『王のしるし』(猪熊葉子訳、岩波少年文庫、全2巻)だ。格調高い訳文が中学生にはやや取っつきにくいが、読みなれてくると流暢(りゅうちょう)なリズムに乗った朗読に張りが出てきて、教室に 奴隷出身 偽りの王の成長物語 長谷川宏
文学作品 映像化の効用 鳥飼玖美子 半歩遅れの読書術 12月19日 コロナ禍で講演や学会が延期となり会議も減って、家にいる時間が増えたおかげで、テレビで好きな映画を楽しむことができた。加えて話題の韓流ドラマ「愛の不時着」にハマったのが契機となり、これまでは時間がなく避けていた連続テレビドラマも動画配信で見るようになった。 映画でもドラマでも、ローマン・ヤコブソンが「記号間翻訳」と呼んだ、異なる記号間の移し替えとして文学作品の映画化やドラマ化がある。小説のイメージ 文学作品 映像化の効用 鳥飼玖美子
言語間に横たわる「溝」 鳥飼玖美子 半歩遅れの読書術 12月12日 「翻訳」には3種類あると言語学者ローマン・ヤコブソンは述べた。同じ言語を別の表現に言い換える「言語内翻訳」。専門的な内容を一般向けに易しく換えるなどが該当する。次が「言語間翻訳」で、ある言語で書かれたものを別の言語に訳す、いわゆる「翻訳」であり「通訳」も入る。3番目が「記号法間翻訳」で、異なる記号の間での移し替えである。例えば絵画に着想を得て音楽にする、逆に音楽を絵にするなどがある。 今回は「言 言語間に横たわる「溝」 鳥飼玖美子