住井すゑ「野づらは星あかり」 茨城県牛久市 文学周遊 2月20日 天気のいい日には、陽光に輝く牛久沼の水面をウインドサーフィンが風を切って疾走する。その様子を横目にみながら、近所の人が遊歩道をのんびり散歩する。 茨城県を南北に走るJR常磐線。龍ケ崎市駅と牛久駅を結ぶ線路の西側にあるこの沼のほとりに住井すゑは住み、作品を執筆し、野菜を育て、人びとと交流した。 「先生の家に各地からいろんな人が集まり、世の中の憂いごとについて熱く議論した」。住井の作品の読書会をいま 住井すゑ「野づらは星あかり」 茨城県牛久市
多和田葉子「犬婿入り」 東京・国立市 文学周遊 2月13日 学習塾で教える北村みつこ先生が子供たちに、人間の女性と雄犬が結ばれる「犬婿入り」の話をしていたら、本当に「犬男」の太郎さんがやって来て、不思議な共同生活が始まる。日本語とドイツ語で小説や詩を執筆し、国際的に評価されている多和田葉子さんの芥川賞受賞作である。 舞台の町は駅を中心に鉄道沿いに発達した新興住宅の北区と、多摩川沿いの古くから栄えていた南区からなる。それまで行き来することは少なかったが、南 多和田葉子「犬婿入り」 東京・国立市
夏目漱石「明暗」 神奈川・湯河原町 文学周遊 2月6日 東京近郊の温泉地として知られる湯河原町は、多くの作家や画家に愛された土地である。藤木川から千歳川に続く渓流沿いに立ち並ぶ温泉旅館には、文人墨客が頻繁に滞在し、数々の名作を生んできた。国木田独歩、島崎藤村、芥川龍之介、小林秀雄、水上勉ら逗留(とうりゅう)客には錚々(そうそう)たる名前が並ぶ。 今はなき老舗旅館、天野屋は、京都画壇の大御所、竹内栖鳳や洋画壇の巨星、安井曾太郎が敷地内のアトリエで晩年を 夏目漱石「明暗」 神奈川・湯河原町
冲方丁「光圀伝」 水戸市 文学周遊 1月30日 テレビドラマ「水戸黄門」でおなじみの徳川光圀(みつくに)は、諸国を訪ね歩き悪者を懲らしめる好々爺(こうこうや)として知られる。この漫遊記は全くのフィクションで、実在した光圀は関東周辺から出たことはない。では、光圀はどんな人物だったのか。本書は義を貫くために悩みながら生き、ついに大日本史編纂(へんさん)の偉業を始めた光圀の生涯を史料に基づき描いた。 水戸藩2代藩主の光圀には兄がいたが、父で初代藩主 冲方丁「光圀伝」 水戸市
久生十蘭「湖畔」 神奈川・箱根町 文学周遊 1月23日 村上春樹さんの近刊短編集の表題は、その名も「一人称単数」だ。 一人称小説の魅力とは、「語る私」と「語られる私」の隙間にのぞく小宇宙のようなものだろうか。語り手の「私」は他者を容赦なく批評する一方、作中人物としての「私」の内面や行状を巧みに粉飾すことができる。場合によっては作品の主題までも。 本作の語り手「俺」は、夏目漱石と同時代の幕末・慶応年間の生まれ。欧州に遊学した高等遊民の華族である。だが、 久生十蘭「湖畔」 神奈川・箱根町
樋口一葉「にごりえ」 東京・本郷 文学周遊 1月16日 樋口一葉が使った井戸が文京区本郷4丁目の狭い路地の奥にある。坂の多い町の谷地のような所で両側に民家が並ぶ。一葉が生きた明治の風景は想像もできないが、昭和のたたずまいが残っている。 井戸は民家の庭先にあるから遠慮しながらポンプを押すと水が出てきた。ここで一葉は母と妹の3人で暮らし、針仕事で貧しい家計を支えた。 一家は本郷から今の台東区竜泉に転居して駄菓子と荒物を商う店を始めるが、約1年で廃業。本郷 樋口一葉「にごりえ」 東京・本郷
童門冬二「伊能忠敬」 千葉県香取市 文学周遊 1月9日 「お江戸見たけりゃ佐原へござれ」 かつてこううたわれたのが、佐原(千葉県香取市)の町並みだ。江戸時代に水運で大いに栄えた。 いまも古い商家などが残り国の重要伝統的建造物群保存地区になっている。町中の川には、ゆったりと観光船が浮かぶ。巨大な山車が繰り出す佐原の大祭は、ユネスコ無形文化遺産のひとつだ。 そんな歴史ある町から、大きく飛躍した人物がいる。伊能忠敬。日本で初めて、実測による日本地図をつくっ 童門冬二「伊能忠敬」 千葉県香取市
金子光晴「しやぼん玉の唄」 山梨・山中湖村 文学周遊 12月26日 鼻先に富士がある。どっかとそびえる。冬空がくっきりふちどる。岩伝いの寒気が、ふきおりる。どこにいても山だ。湖にもゆれている。 金子光晴「しやぼん玉の唄」 山梨・山中湖村
黒井千次「たまらん坂」 東京・国立市 文学周遊 12月19日 何の変哲もない坂なのに「幽霊坂」「暗闇坂」「おばけ坂」「地獄坂」といった名前を目にした途端、違った景色に見えてくるのは筆者だけではあるまい。名前の効果は絶大で、本当にお化けや幽霊が出そうな気がしてくる。 「たまらん坂」も坂の名前の物語だ。JR国立駅から10分余り東南に歩くと、真東に向かってだらだらと上っていく長い坂に行き当たる。路線バスの停留所には「多摩蘭坂」と書いてある。 小説の主人公の中年男 黒井千次「たまらん坂」 東京・国立市
三浦しをん「仏果を得ず」 大阪市 文学周遊 12月12日 関西きっての繁華街、大阪・ミナミの道頓堀周辺は、江戸時代から歌舞伎や文楽などを上演する芝居小屋がひしめく。往時ほどの勢いこそないものの、またコロナ禍に伴う興行自粛にあえぎながらも、今も行き交う人なみから観劇好きを吸い寄せる。 人形浄瑠璃文楽は、大阪に根ざしている印象がとりわけ濃い芸能だ。れっきとしたユネスコ(国連教育科学文化機関)無形文化遺産ながら、同じく日本を代表するユネスコ無形遺産の能楽や歌 三浦しをん「仏果を得ず」 大阪市