川魚の木彫に恋して 2月22日 長野県大町市の東部、旧八坂村にアトリエを構え、毎日魚の彫刻を彫っている。ブラックバス、ヤマメ、カジカ、ニジマス、ブラウントラウト……。彫るのは主に川魚、それも自分が実際に釣り、跳びはねる姿を目に焼き付けてきた魚たちだ。彼らのたたずまいと躍動感をいかに表すかに腐心してきた。 ★ ★ ★ 故郷の神戸で釣り満喫 彫刻を始めるより先に、私は釣り人だった。生まれ育った神戸市の家の近くには澄んだ川が流れ、フナ 川魚の木彫に恋して
ABBAに心躍らせ45年 2月21日 1970年代から現在まで、世界中で愛されるスウェーデンの4人組「ABBA(アバ)」。代表曲「ダンシング・クイーン」「マンマ・ミーア」は様々な場所で聴かれるが、ほとんどの人はグループの実態をよく知らない。私は45年近く彼らを追い続け、昨夏北欧のメディアから「日本唯一のABBA研究者」と命名された。 2018年4月、長年活動休止状態だったABBAが35年ぶりに復活する、という話題が世界を駆け巡った。 ABBAに心躍らせ45年
日経小説大賞、都内で授賞式 2月20日 日本経済新聞社と日本経済新聞出版社が共催する第10回日経小説大賞の授賞式が20日、東京都内で開かれた。大賞は佐伯琴子氏の「狂歌」で、日本経済新聞社の長谷部剛・東京本社編集局長が賞金500万円と記念品を贈った。 受賞作は、カネや恋に狂奔する男 日経小説大賞、都内で授賞式
南蛮服に見る清正の知性 2月20日 戦国の勇将、加藤清正が身につけていた南蛮服と出合ったのは、30年以上昔のことになる。 福岡を中心に活動するフリー編集者の私は、企画の下調べで熊本市の本妙寺に足を運んだ。清正の菩提寺である。その宝物館に展示されていた。 トルソー(胴体だけの像)が着たシャツの生地は渋いグレーに見え、黒か紺の細い縦縞(たてじま)が入っている。ウエストで切り替え、裾広がりのデザイン。前立てと袖口にくるみボタンがついてお 南蛮服に見る清正の知性
オーボエ作り 和魂独才 2月19日 葦(あし)でできた2枚のリードの隙間に息を吹き込んで共鳴させ、美しい高音を奏でるオーボエ。木管楽器の中でも構造が複雑で、演奏も製作も難しいとされる。縁あってこの楽器に関わり、プロ奏者から製作者に転じて33年。ふるさとの沖縄に工房を構え、世界を相手にしながら楽器作りに磨きをかけている。 楽器に初めて触ったのは、中学でブラスバンドの部活に入ったときで決して早くはない。なぜ選んだのか今となっては定かで オーボエ作り 和魂独才
茶人が愛でた鳥の羽 2月18日 茶の湯(茶道)で使う「羽箒(はぼうき)」は、風炉や炉に炭を継ぐ「炭点前(すみでまえ)」で炭火の周囲や茶室、流派によっては挨拶(あいさつ)する所や茶を点(た)てる所を掃き清める、羽(はね)を用いた清め道具だ。最近は使う機会が少なく、お茶を習ったことがある人でも知らないこともある。 * * * 博物館にアンケート 私が興味を抱いたのは、私が茶の湯とバードウォッチングの両方を趣味にしているからだ。ただ何 茶人が愛でた鳥の羽
シンデレラに恋をして 2月15日 シンデレラや白雪姫ら魅惑のラブストーリーに彩られたプリンセスたちの絵本を開くと、きらびやかな挿絵が目に留まる。中でも19世紀~20世紀半ばのアンティーク絵本は一流画家が手がけた例が多い。僕はその美に引き寄せられ、30年以上収集を続けてきた。 □ □ □ 世界記録1000種類 手元にあるのはシンデレラが最も多く、約1000種類。2018年7月にはシンデレラコレクターとして、ギネス世界記録に認定された シンデレラに恋をして
東方見聞録の変遷解く 2月14日 ヴェネチア共和国の商人の息子マルコ・ポーロは24年にわたって東方に旅し、インドのさらに東のカタイ(北中国)で大君クビライに仕え、南の大洋を回って1295年、故郷に帰ってきた。その驚くべき話をジェノヴァの牢(ろう)でポーロから聞いたピーサの騎士物語作家ルスティケッロは一編の書を編んで「世界の記」と名付ける。 こうして「東方見聞録」が誕生するのだが、世に出るやたちまち人気を博し、色々な言語に訳される 東方見聞録の変遷解く
押送船が語る知の流れ 2月13日 波が大きく渦巻き、船の漕(こ)ぎ手は懸命に櫓(ろ)にしがみつく。浮世絵師、葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は実に写実的で、海外でもよく知られた日本美術の一つだ。 □ □ □ 関東近海の鮮魚運ぶ つまり、描かれている三艘(さんそう)の船は世界中の人が目にしていることになる。これは関東近海でとれた新鮮な魚を運搬する快速船で「押送船(おしおくりぶね)」という。江戸期の交通史が専門の私は、押 押送船が語る知の流れ
民間航空先駆者の「航路」 2月11日 大正中期に民間パイロットの先駆けとして活躍し、昭和初期には教育者として航空界の発展に貢献した人物がいた。千葉県佐倉町(現佐倉市)で生まれた飯沼金太郎(1897~1964年)である。日本の航空時代を切り開いた一人だが、その存在はこれまでほとんど知られていなかった。 △ △ △ 近くの寺の境内に墓石 私は佐倉市職員として働きながら、飯沼について20年近く調べてきた。存在に気づいたのは1999年の春。職 民間航空先駆者の「航路」