春秋(1月29日) 1月29日 若い世代の間で短歌がブームだという。1987年から続く東洋大学の「現代学生百人一首」には今年度、国内外から約6万6千首の応募があった。詠み人の多くが中学生、高校生だ。入選作を読めば、三十一文字(みそひともじ)に込められた10代の感性がまぶしく、少しうらやましい。 ▼コロナ下での閉塞感をなげく歌の一方で、こんな一首がある。「文化祭初の対面ミュージカル拍手はこんなに嬉(うれ)しかったか」。日常が戻り 春秋(1月29日)
春秋(1月28日) 1月28日 去年の12月のことだ。居住するマンションの管理組合に、警視庁から照会があった。敷地内の防犯カメラの映像を確認したい、というのだ。運用規則によると、管理組合理事会の承認は不要で、理事長の判断で捜査に協力することができる。そういえば自分が理事長だ。 ▼録画を提供した。刑事さんの名刺には「捜査支援分析センター」とある。犯罪の広域化や電子化に対応する組織だ。なんでも12月5日に東京都中野区で3000万円 春秋(1月28日)
春秋(1月27日) 1月27日 賛成している人が多い手前、疑問があってもはっきりと言い出しづらい。自分の部署の負荷が増すかどうかばかり気にする参加者もいる。「トップの意向だから」のひと言で、議論の深掘りは止まってしまう――。忖度(そんたく)と空気が幅を利かせる日本企業の会議、ではない。 ▼ナチス・ドイツ高官らがユダヤ人絶滅策を練った1942年の会合の様子だ。公開中の映画「ヒトラーのための虐殺会議」が、残された議事録を基に描いて 春秋(1月27日)
春秋(1月26日) 1月26日 気候変動という言葉を頻繁に耳にするようになった。自然の脅威がかつてなく増したように感じるが、昔の災害もなかなかすさまじかった。1951年2月14日から15日にかけ、強風を交えた大雪が日本各地を襲った。「白魔荒れ狂う」。そんな見出しが弊紙で躍った。 ▼東京で警報が出され、線路に積もった雪を取り除こうとラッセル車が出動した。東京証券取引所が臨時で休業した。災害のせいで休むのは関東大震災以来という。船 春秋(1月26日)
春秋(1月25日) 1月25日 先日ミュージシャン、高橋幸宏さんの訃報が届いた。テクノポップの3人組、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)でのドラム演奏や作曲で知られる。音楽だけでなくおしゃれな服装、デザイン、演技などの多才ぶりで1980年代のとがった若者を魅了した。 ▼内外の有名音楽家が追悼の言葉を発した。プロが尊敬するプロだったといえる。かっこよさは大切だが、「主役のかっこよさ」は好きではないと語った(「一橋マーキュ 春秋(1月25日)
春秋(1月24日) 1月24日 「君には文才がある。執筆活動に力を入れてみたら?」「写真もうまかったね。そっち方面はどうかな」。ピアニストの舘野泉さんが脳出血で倒れ、右半身不随になったとき、友人たちはこんな言葉をかけて励ました。ピアノは、もう弾けない。そう思っていたからだ。 ▼「ピアノは2本の手で弾くもの」。舘野さん自身も目に見えない枷(かせ)にとらわれていたと著書「命の響」で回想している。2年後、67歳で左手のピアニストとし 春秋(1月24日)
春秋(1月23日) 1月23日 時代劇には「八州もの」が少なくない。「八州犯科帳」「八州廻り桑山十兵衛」「あばれ八州御用旅」……。江戸幕府が1805年に設けた関東取締出役(とりしまりしゅつやく)の活躍だ。武蔵、相模、上野、下野、上総、下総、安房、常陸の8つの国をまたにかけたから八州廻(まわ)りと呼ばれた。 ▼この制度が生まれたのは、関東一円の治安がひどく乱れてきたからである。「関八州の村々で、無宿者の悪事を働くやつが多い。こと 春秋(1月23日)
春秋(1月22日) 1月22日 長く記者をしているとカレンダーの眺め方が人とは少し違ってくる。「あれから何年たったろう」。暦を数えつつ記憶をたぐる日付が増えていく。歴史上の慶事・凶事の日、大災害が起きた日、著名人の命日や誕生日。調べれば、ほぼ毎日が語るべき何年目かに当たる。 ▼終戦記念日前にだけ増える戦争報道は、しばしば「8月ジャーナリズム」と批判される。それでも忘れたままより年に1度でも思い出す方がいい。怖いのは忘却の先にあ 春秋(1月22日)
春秋(1月21日) 新型コロナ 1月21日 あなたの新型コロナの診療費用は、しめて61万円でした――。昨年、郵送で届いた医療費明細に目を丸くした。デルタ型に感染し9日間入院したが、退院時の支払窓口は素通りした。自己負担はゼロと説明されたからだ。いくらかかったのか、気に留めないままだった。 ▼改めて額を知らされるとその大きさに驚く。パンデミックが世界を覆い始めてから3年。手探りのなかで日本が選択したのは、治療やワクチン接種の費用を個人に原則 春秋(1月21日)
春秋(1月20日) 1月20日 開高健が残したルポルタージュのひとつに「日本人の遊び場」がある。1963年の夏、作家は高度成長に沸く列島のあちこちを飛び回り、大阪・道頓堀の「くいだおれ」、若者で埋まる湘南の海水浴場、人いきれの充満する船橋ヘルスセンターなどの表情を活写した。 ▼「週刊朝日」に連載された作品は、いま読んでもイキがよい。毎週、疾走感あふれるルポを書くのは大変だったはずだが、読者と熱気をともにしながら筆を走らせたのだ 春秋(1月20日)
春秋(1月19日) 1月19日 その言葉、どこかで聞いたことがある。高校の世界史の授業だったか。子どもが学んでいた教科書を開くと確かに載っていた。「中国は1958年から『大躍進』政策で工業と農業の飛躍的発展をはかった」。だが失敗し、経済は大きな痛手を受けた、と解説している。 ▼きのうの新聞各紙は、中国の人口が61年ぶりに減少したことを大きく報じた。本紙は、「人口減少は大躍進施策で多数の餓死者を出した61年以来」と伝える。どんな 春秋(1月19日)
春秋(1月18日) 1月18日 はじめて「チュウジュ」と聞いたとき、何のことか分からなかった。中受=中学受験の略という。冬休み明け、一部の小学校では登校人数ががくんと減っている。受験の追い込みで休む子が珍しくないからだ。歯抜け模様の教室で教壇に立つ先生は少々気の毒に思える。 ▼菅原道真公をまつった東京・湯島天神では、こんもりと積み上がった絵馬の山がいくつもできていた。人様の願いをのぞくことにいささか後ろめたさを覚えつつ眺めると 春秋(1月18日)
春秋(1月17日) 1月17日 「阪神忌」は冬の季語である。阪神大震災が起きた1月17日を指す。3年前の日経歌壇にこんな句が載っていた。「残しある崩れし埠頭阪神忌」(広田祝世)。遺構として保存される神戸港のメリケン波止場を詠んだのか。6千人超が亡くなった震災から28年がたった。 ▼駆けつけた被災地で目の当たりにした光景は忘れがたい。倒壊した高速道路やマンション、見渡す限りが焼失した市場の跡。携帯電話はまだ普及しておらず、公衆電 春秋(1月17日)
春秋(1月16日) 1月16日 従業員の日給を2倍に引き上げる。そう宣言した経営者がいた。米フォード・モーター創業者ヘンリー・フォードである。1914年のことだ。ベルトコンベヤー導入による生産性向上の果実を労働者に還元し、自社の車を購入できる消費者に――。そんな狙いだった。 ▼チャップリンの名画「モダン・タイムス」は流れ作業に忙殺され、心を病んでしまう工場労働者を描いた。額に汗して働く人々は、報われないのか。映画の公開に先立ち 春秋(1月16日)
春秋(1月15日) 1月15日 松の内も過ぎ、鏡開きも終え、きょう15日は「小正月」と呼ばれる。14日から16日を指す地域もあるようだ。ものの本によれば、元日の前後の行事は儀礼的性格が強い一方、小正月には、その年の田畑のできを占ったり、豊作を願ったりするものが数多く伝わっている。 ▼子どもらが歌いながら棒やささらで地面をたたき作物への害獣を遠ざける「鳥追い」や「もぐら打ち」。松飾りなどを田や海岸で盛大に燃やす火祭りの「どんど焼 春秋(1月15日)
春秋(1月14日) 1月14日 「昔はよかった」。ある年齢を過ぎると、ふとそんなふうに思ってしまうことがある。古きよき時代とはいつのことなのか。米国で行われた調査によると、1930年代と40年代に生まれた人は50年代を、60~70年代生まれの人は80年代を最もいい時期だと考えている。 ▼スウェーデン生まれの歴史学者、ヨハン・ノルベリ氏の著書「OPEN」(山形浩生・森本正史訳)が紹介している逸話だ。人は青年期と成人初期の記憶を、 春秋(1月14日)
春秋(1月13日) 1月13日 不良っぽさが売りのロックバンド、アナーキーによる往年の人気曲に「団地のオバサン」がある。俺たちを横目で見ながら、ああなっちゃいけないとわが子に説く「一流とエリート」たちめ、という反抗の歌だ。設備は新型で広場に囲まれた団地は最先端の住居だった。 ▼近年、老朽化や高齢化に悩む団地は多い。しかし、きのうの本紙朝刊「私見卓見」欄が掲載した大阪府住宅供給公社職員の投稿によれば、古い建物をうまく生かす再生例 春秋(1月13日)
春秋(1月12日) 1月12日 九十九里浜の食堂で、主人公の井之頭五郎は「サンマのなめろう」に遭遇する。新鮮な魚の身をたたき、ネギや味噌を加えた房州の郷土料理だ。「アジで作るより甘いんです」と言われてご飯とともにかき込み、いつものように独り言――。「おお甘い。本当に甘いぞ」 ▼テレビドラマ「孤独のグルメ」に、以前こんな一編があった。目の前の海に、サンマの大群がやってくる土地ならではの贅沢(ぜいたく)だろう。もっとも、こういう味 春秋(1月12日)
春秋(1月11日) 1月11日 リオデジャネイロの海岸線や丘、あるいは女性の体のカーブにもたとえられる。ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーは、曲線や曲面の魔術を駆使した。小山のようにうねる屋根、宙に浮く円盤、らせんを描く巨大スロープ。どれもひと目でこの人のものとわかる。 ▼首都ブラジリアの遷都にも深くかかわった。中央部の荒野に人工都市が誕生するのは1960年。「50年の進歩を5年で」を合言葉に3年あまりの驚異的なスピードで 春秋(1月11日)
春秋(1月10日) 1月10日 史実とは少し違う。創作だとわかっている。それでも、あり得たかもしれないドラマの美しさが、もう一つの真実のように心に深く残る。映画「2人のローマ教皇」はそんな佳作である。昨年末に亡くなった前教皇ベネディクト16世と現教皇フランシスコの対話を描く。 ▼かたやドイツ出身、趣味は古典音楽とピアノの演奏、大学で神学も教えていた教養人、保守派。かたやアルゼンチン出身、サッカーとタンゴを愛し、飾らない人柄、質 春秋(1月10日)