杉本博司(20)佐賀町で展覧会 杉本博司 私の履歴書 7月21日 1988年、小池一子さんから、東京で展覧会を開かないかという打診があった。小池さんは27年に建った廻米(かいまい)問屋市場のビルを改装して、現代美術のオルターナティブ・スペースである展覧会場「佐賀町エキジビット・スペース」を運営していた。もともと米の競り場だったこの空間は、天井高5メートルの大きな空間で、半ば廃虚化したような建物は風情があり、夕暮れ時には中庭をコウモリが飛び交っていた。 私はここ 杉本博司(20)佐賀町で展覧会
松井忠三(23)働き方改革 松井忠三 松井忠三 私の履歴書 2月24日 2001年(平成13年)9月11日、米同時テロが勃発した。そして14日は無印良品が数多く出店するマイカルが破綻、売上金の回収が困難になる。週明け17日の良品の株価は急落し当時の上場来安値1994円をつけた。 相前後して良品計画の大恩人、デザイナーの田中一光さんとコピーライターの小池一子さんが訪ねてこられた。社長就任時、田中さんの事務所に伺った時には「大変な時期だけど頑張って下さいね」と励まして下 松井忠三(23)働き方改革
松井忠三(15)無印良品誕生 松井忠三 松井忠三 私の履歴書 2月16日 「人事部厚生課とする」。1976年(昭和51年)3月、本社への異動だった。26歳。社員食堂の業者管理や厨房レイアウトなどを手掛ける。社員寮も担当することになり、規則正しい店舗勤務とは生活が激変した。高校を出たての女性は社会人生活になじめず失踪が度々起きた。同僚からいそうな場所を聞き出して待ち伏せする。事情は様々だから容易(たやす)く解決はできない。最後にこんな言葉を繰り返した。「両親を心配させて 松井忠三(15)無印良品誕生
堤清二、MUJIの原点と矛盾(日経ビジネス) コラム(ビジネス) 11月28日 2013年に他界したセゾングループ創業者、堤清二。11月25日に命日を迎えた。200社で売上高4兆円を誇ったグループはバブルの処理で解体された。光と影が交錯する86年の人生は決して成功物語ではない。だが、しぶとく生き残った各社には、堤の執念が刻まれている。異色の事業家は、どんな未来を見て、何を見誤ったのか。無印良品や百貨店、ホテルなど事業の軌跡と、関係者の証言から、その実像を浮かび上がらせる。 堤清二、MUJIの原点と矛盾(日経ビジネス)
「職人が誇りに思える建築」 三宅一生が語る安藤忠雄 住建・不動産 コラム(テクノロジー) 科学&新技術 11月17日 東京・六本木の国立新美術館で建築家・安藤忠雄氏の大規模な展覧会「安藤忠雄展-挑戦-」が開催中だ(会期は12月18日まで)。安藤氏は独学で建築を学び、「世界のANDO」と呼ばれるまでになった。建築関係者だけでなく、経営者や文化人にも、安藤氏から大きな影響を受けている人が多い。その一人である三宅一生氏に安藤氏の"すごさの理由"を語ってもらった。 ■すぐに作品を理解 安藤(忠雄)さんと初めて仕事をしたの 「職人が誇りに思える建築」 三宅一生が語る安藤忠雄