北島康介 五輪のミカタ

バド桃田が見せた 勝負に生きる覚悟

「すごい」「強い」と言われ続けている人はどんなプレーをするのか? いつも興味があるテーマだ。 バドミントンの全日本総合選手権でも世界ランク1位、桃田賢斗選手のプレーを楽しみに見に行った。国際大会とは戦うレベルが違うからこそ、「勝って当然」と期待されるプレッシャーもかかる。本人も「海外の方が気持ちは楽」と言っていた。 初めて桃田選手を見たのは1年と少し前、ジャカルタ・アジア大会だった。1年近いブラ
全日本を圧倒的な力で制した桃田に勝負に生きる覚悟を感じた=共同
バド桃田が見せた 勝負に生きる覚悟

ラグビーの熱気、五輪でも 声援が選手の大きな力に

ラグビーのワールドカップ(W杯)が盛り上がりました。同時期にテニスのジョコビッチ(セルビア)、ゴルフのウッズ(米国)らも日本でプレーして話題になったし、「スポーツに熱い国なんだ」と、世界に伝わればいい。 僕は高校のとき、体育の授業にラグビーがあった。当時の東京・本郷高は強く、ラグビーを専門とする体育教師もいたからか、バスケットボールなどの競技よりラグビーをする時間の方が長かった。 といっても未経
盛り上がったラグビーW杯。日本代表の「チーム一丸」の躍進が日本人の心に刺さった=共同
ラグビーの熱気、五輪でも 声援が選手の大きな力に

丸山対阿部、大野の自信…熱気に満ちた柔道代表争い

8月末~9月に行われた柔道の世界選手権に行った。競技ごとに独特の空気があるけれど、柔道は「モワッとした熱気」。会場が日本武道館だっただけに、その匂いがいい感じに籠もっていた。 個人的に柔道と縁が深い。水泳と柔道は五輪の開会式翌日から競技がある。この2種目がメダルをとっていかに盛り上げるか。日本人が大会に持つ印象、日本選手団全体の勢いにもかかわる。そんな共通項もあって、井上康生男子日本代表監督はか
柔道の世界選手権男子66キロ級準決勝で阿部(左)を破った丸山
丸山対阿部、大野の自信…熱気に満ちた柔道代表争い

競泳日本代表、勝機はまだ十分にある

先月の競泳の世界選手権はメチャクチャ面白かった。五輪を控え、「強い」と思えるスターがやっぱり出てきた。 男子200メートルバタフライを世界記録で制したミラク(ハンガリー)、女子背泳ぎで2つの世界記録を出したスミス(米国)。「確実に強いな」という泳ぎだった。 花形の自由形、バタフライ短距離6冠のドレセル(米国)も強かった。ただ、彼は決勝でタイムを落とす。そこが五輪金メダル通算23個のフェルプス(米
男子200メートル平泳ぎは史上まれに見るハイレベルな接戦だった。優勝したチュプコフ(中)、渡辺(右)=ロイター
競泳日本代表、勝機はまだ十分にある

サニブラウン、はやくもスターの風格

東京五輪の顔になりそうな人が出てきた。陸上のサニブラウン・ハキーム選手(20、米フロリダ大)。自分と同じ東京都豊島区の学校を出た親近感もあって、6月末の陸上の日本選手権を現地で見た。 100メートルは五輪の花形種目だ。ほとんどの人が50メートル走を計った経験があるから、トップ選手のすごさを体感できる。サニブラウン選手は今季9秒台を複数回出している。来年の五輪で決勝に残るチャンスはありそうだ。メダ
陸上日本選手権の男子100メートルで、10秒02をマークして優勝したサニブラウン=共同
サニブラウン、はやくもスターの風格

聖火リレー、身近さが魅力 ランナーも「参加」実感

聖火リレーの走者募集が始まった。僕も日本コカ・コーラのCOO(チーフ・オリンピック担当オフィサー)として、PRに一役買う。 1928年アムステルダム五輪で聖火は復活、このときからコカ・コーラは五輪をサポート、92年バルセロナ五輪から本格的に聖火リレーに協賛している。東京五輪では約4カ月かけて、東日本大震災の被災地、福島県を皮切りに全国津々浦々をつなぐわけだが、聖火リレーほど「五輪が来る」というこ
20年東京五輪聖火リレーのルート概要などを発表するイベントで、トーチを手に聖火ランナーのユニホームを着て登場した公式アンバサダーの野村忠宏さん(右)ら=共同
聖火リレー、身近さが魅力 ランナーも「参加」実感

いでよ、水陸のタイガー 五輪はスターがいてこそ

タイガー・ウッズ(43、米国)が4月、男子ゴルフのマスターズ・トーナメント(米南部ジョージア州オーガスタ)を制した姿をテレビ観戦していて、様々な思いがよぎった。 11年ぶりのメジャー優勝までには私生活のトラブルがあり、歩行も困難なほどの痛みが何年も続いた。11年という年月は野球、水泳だったら、復帰はほぼ不可能だけれど、ゴルフくらい選手寿命の長い競技ではこんな復活劇も起こりうる。そして、コースのそ
今、ウッズのように誰もが見たいと思う五輪アスリートがいるだろうか?=ロイター
いでよ、水陸のタイガー 五輪はスターがいてこそ

地元五輪、「注目」を味方にできるか

僕が生きているうちに五輪が日本にやってくるとは思っていた。東京で生まれ育った僕にとっても特別な気持ちだ。もし16年リオデジャネイロ五輪に出ていたら(選考会で0秒3タイムが足りなかった)、「まだ戦えるかも」と目指したかもしれない。そう思うと、何も言えなくなる。 選手時代、子供たちに「ああなりたいなあ」と夢を持ってもらえる存在でいたいと思っていた。僕の活躍に刺激を受けて多くの後輩が出てきて、東京五輪
北島康介氏
地元五輪、「注目」を味方にできるか

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