阿刀田高(2)双子の兄 双子の弟を早くに失う 小学生時代はいじめられっ子 私の履歴書 6月2日 男一人、女三人、そのあとに生まれた双生児の兄であった。生後一年もたたないうちに私が風邪を引き、それが弟に移って弟は早世した。弟は生まれたときの体重も少なく、体も弱かったらしい。私が母の胎内で養分を余計に貪ったにちがいない。ずっと後になって原罪という言葉を知ったとき、なにほどかの屈託を覚えないでもなかった。 母は体の弱い弟の世話をすることが多く、私はねえやに繁(しげ)く委ねられたらしい。多分そのせ 阿刀田高(2)双子の兄
阿刀田高(3)軍国少年 成長して戦争に疑念 敗戦後は化学者を志望 私の履歴書 6月3日 幼いころの私は、ご多分に漏れず愛国的な軍国少年(幼年、かな)であり、大きくなったら"兵隊さんになって、お国のために死ぬのだ"と思っていた。が、私の家がリベラルな気配を持っていたせいもあってか、成長するにつれ、聞こえて来る戦争の悲惨さを知って、 ――神風はいつ吹くのかなあ―― と危ぶみ、住んでいる町の大空襲をまのあたりにして ――へんだなあ―― と戦争への疑念を抱いた。 そして、敗戦。平和憲法の理 阿刀田高(3)軍国少年
阿刀田高(4)ユニークな先生 価値があった変な授業 記憶に残る古典や仏文学 私の履歴書 6月4日 長岡市に疎開をして空襲にあい、終戦を迎え、そのまま新しい六三三制の中学一期生となった。小学校を卒業したが、次の学校がすぐには定まらない。四月の末になって、 「学校へ来いってよ」 それまでの小学校へ行くとその一角が新制の中学校。にわか作りだったから先生もいろいろ、カリキュラムもきちんと決まっていなかったのではなかろうか。 国語の先生は東京の女子大を卒業したばかりの、ちょっとすてきなお姉さん。おそらく 阿刀田高(4)ユニークな先生
阿刀田高(5)若き日の読書 おもしろいものだけ選別 淫らな本に心ときめく 私の履歴書 6月5日 若い日の読書について語ろう。落語全集から始まり、銭形平次捕物控、佐々木邦のユーモア小説、江戸川乱歩のミステリー、芥川龍之介……とにかく自分にとっておもしろいものだけを読んだ。先生や先輩が薦めるものでも、おもしろくなければポーンと退けた。この方針は一貫していた。いっときは化学者を志望していたので、気ままな読書でよかろう、と思っていたのかもしれない。 少し恥ずかしいことなのだが……父の蔵書の奥に、押 阿刀田高(5)若き日の読書
阿刀田高(6)療養生活 肺結核で悟りの境地 生きているだけでめっけもの 私の履歴書 6月6日 高校二年生の秋に父を脳溢血(のういっけつ)で失った。父は自分自身が技術者であり、男子には理系の進路を強く望んでいた。私は化学者を志望していたからこの点ではまったくさしさわりはなかったが、 ──文学もおもしろそうだな── 正反対の希望を抱き、父の死とともに胸中に迷いが生じ、結局、両方を受験し、化学のほうは大学が駄目と言うので、どうしようもない。文学部を選び、フランス文学科へ進むこととなった。後年に 阿刀田高(6)療養生活
阿刀田高(8)司書 本の分類で「大海」を知る 小説執筆に役立った豆知識 私の履歴書 6月8日 図書館職員養成所の特科で学んだのち採用試験を受けて国立国会図書館の司書となった。図書館は、そのころ赤坂離宮にあって、ここへ通うには(今も変わらず)四ツ谷駅からまっすぐな道路が敷かれている。主要道路のほうが左右に遠慮して迂回しているのだ。バッキンガム宮殿を模した美姿を正面に見ながら行くのは、しがないサラリーマンながら少しうれしかった。 が、すぐに永田町の新館が竣工し、この引越しが大変だったなあ! 阿刀田高(8)司書
阿刀田高(9)安月給 バイトで独創的な雑文 デビュー作がベストセラー 私の履歴書 6月9日 「あんた、またそれを言うのかよ」 と昔の先輩たちに叱られそうだが、これを言わないと話が先に進まない。そんな先輩たちもあらかた鬼籍に入り、ひどく懐かしい。 が、それというのは、 「あのころ、図書館の月給、安かったからなあ」 である。私は両親を亡くし、住む家もなく、なにもかも自分のまかないで生きなければならなかった。東京ではアパート一つ借りるのもそう楽ではない。安月給はつらかった。 ──なにかアルバイト 阿刀田高(9)安月給
阿刀田高(10)結婚 結核治癒証明書で「合格」 義父も気に入った手みやげ 私の履歴書 6月10日 ブラック・ユーモアとはなにか? ひとことで言えば、毒を含んだユーモア、くらいだろうが、人間の心理に複雑にからんで、深い。たとえば、 「歩行者天国にダンプカーが突っ込んだんだって」 「まあ、歩行者のかた、みなさん天国へ行ったかしら」 これならば軽い。 しかしユーモアは、もともと皮肉や嘲笑や自虐や中傷やネガティブの感情を含んでいることが多い。ユーモアは屈折した感情の発露であり、ゆっくり思案してみると、ほ 阿刀田高(10)結婚