四元康祐「詩探しの旅」 「私はいなかった」けれど 3月26日 好きな詩はたくさんあるけれど、本当に好きな詩と出会うことは、そうたびたびは起こらない。一生に何度かあればいい方だろう。本当に好きな詩は、本物の恋に似て、いつも予期せぬ事件として立ち現れる。 ミレニアム前後だったろうか、仕事でポーランド・ワルシャワを訪れたついでに、週末を古都クラクフで過ごすことにした。列車に乗り込む前、駅の近くの大きな書店に寄った。ヨーロッパでも、詩は書店の片隅に追いやられている 四元康祐「詩探しの旅」 「私はいなかった」けれど
四元康祐「詩探しの旅」繊細さと政治的弱さ 3月19日 トルコ南部の町、ハルフェティで連詩を巻いたのは2018年5月。その2年前の夏トルコでクーデター未遂事件があり、エルドアン大統領は大規模な粛清を展開した。5万人を逮捕、教職者を含む公務員15万人を解雇・停職。詩人も例外ではなかった。 僕は2017年の秋にもトルコを訪れたが、詩人たちは昼間は朗らかに振る舞いつつも、夜が更け酒が回ると絶望と不安を吐露した。ドイツから来た僕に、移民としての住み心地や心得 四元康祐「詩探しの旅」繊細さと政治的弱さ
四元康祐「詩探しの旅」野蛮な世界の桃源郷 3月12日 ユーフラテス川の一部を堰(せ)き止めた水底に沈んだ町、ハルフェティの畔で行われた連詩。4番手はこの館の当主ニハット・オズダルである。 あの最初の濡(ぬ)れた漆黒に僕は舌を差し入れた―― 枝の摑(つか)み方を知らなければ 抱きしめる前に落っこちてしまうだろう 一読、度肝を抜かれた。僕が前詩で書いた宇宙を、一瞬にしてエロスに変身させた。「枝の摑み方」って何?と尋ねると、彼は片手にパイプを燻(くゆ)ら 四元康祐「詩探しの旅」野蛮な世界の桃源郷
四元康祐「詩探しの旅」トルコの美的感性 3月5日 トルコ・ハルフェティ連詩で発詩を務めたゴクチェナーは、蕪村と山頭火とアメリカ現代詩を愛するトルコの詩人だ。出会いはリトアニアの詩祭だった。お互いビジネスと詩の二足の草鞋(わらじ)だと知って意気投合した。彼の詩(の英訳)を通して、僕はトルコの人たちが日本人と極めて似通った美的感性の持ち主であることを知った。 ハルフェティ連詩の2番手は、ペリン・オゼル。黒いドレスに身を包んだ、「お淑(しと)やか」と 四元康祐「詩探しの旅」トルコの美的感性
四元康祐「詩探しの旅」連詩は川の流れのように 2月26日 僕らは水の上に立っていた。畔ではなく、文字通り広大な水の面に。薄暮に包まれて、頭上の空と足もとの水が無限に響き合い、まるで虚空に浮かんでいるかのようだった。 「あの辺に僕の家はあった。あっちに見えているのは、僕が通った小学校の屋根だ」ニハット・オズダルが水底を覗きこむように言った。そのさらに向こうには、モスクの尖塔(せんとう)の先っぽだけが突き出していた。 2018年、シリアとの国境に近いトルコ 四元康祐「詩探しの旅」連詩は川の流れのように
四元康祐「詩探しの旅」 志願兵ヴラス 2月19日 英国の名優ジェレミー・アイアンズがマリア・ステパノヴァのエッセイ「プーチンの想像の産物としての戦争」を朗読したのは、2022年3月30日、ロンドン市内で行われた「ウクライナ難民のための夕べ」でのこと。マリアはそのエッセイをフィナンシャル・タイムズ紙に3月18日付で発表している。ロシアの侵攻からひと月と経(た)っていない頃だ。 さすがはマリアだと感動するのと、その身の上を案ずる思いが同時に湧き上が 四元康祐「詩探しの旅」 志願兵ヴラス
四元康祐「詩探しの旅」 ゆがんだ想像力 2月12日 昨年2月、ロシアがウクライナに侵攻したとき、まっさきに思ったのはロシアの詩人たちだった。彼らは西洋の顔形を纏(まと)いつつ、その奥に懐かしい大地の匂いを感じさせた。知性の光のなかに、うっとりと夢見るような暗がりを宿していた。西でも東でもない、ひとりの人の素朴な懐かしさがあった。 テレビは連日ロシアの人々の姿を映しだした。彼らは街頭に出て戦争に反対し、警察に殴られ蹴られ逮捕されていた。空港や陸路の 四元康祐「詩探しの旅」 ゆがんだ想像力
四元康祐「詩探しの旅」政治の街、個人の痛み 2月5日 余幼幼と書いてYu Youyouと読む。四川省成都の詩人だ。1990年生まれ、と言えば僕の息子と同じだが、その名の通り、もっと幼く見える。話してみると、あどけなさのなかに老成が感じられる不思議な魅力があった。 小学校のときから詩を書きはじめて、ネットで発表していたという。それがブレイクして、16歳にして文芸誌に活字デビュー。すでに2冊の詩集と、英訳詩集がある。なるほど、詩人としては10年以上のベ 四元康祐「詩探しの旅」政治の街、個人の痛み
四元康祐「詩探しの旅」孤独をのぞく目 読書 1月29日 彼は英語を喋(しゃべ)らなかったし、僕は中国語が分からない。詩祭会場へ行くバスの車中で顔を合わせても、僕らは慎み深く笑みを交わすだけだった。 一体どこから来たのだろう?どんな詩を書くのだろう?香港の民主化運動を、彼はどんな思いで見ているのか?中国本土から来たほかの詩人たちと談笑しているのを見かけたこともあるが、大抵はひとり輪の外に佇(たたず)んでいた。 あれは、夜明け前の黒々とした大地を見つめて 四元康祐「詩探しの旅」孤独をのぞく目
四元康祐「詩探しの旅」専制の時代へ進む船 1月22日 2019年の香港詩祭には、中東欧の詩人が目立った。30年前まで共産主義独裁のもとにあった彼らにとって、香港の抵抗は他人事ではなかった。 アナ・ブランディアナもその一人。80歳近かったが、若々しく華やかな笑顔はベテラン女優の風格だった。専属の通訳の女性が影のように寄り添い、アナの発言の一語一句漏らすまいと書きとる様子が、祖国ルーマニアでの詩人としての地位の高さを窺(うかが)わせた。 アナは17歳で 四元康祐「詩探しの旅」専制の時代へ進む船