【白井さゆり】投稿一覧

白井さゆり
白井さゆり

白井さゆり

慶應義塾大学総合政策学部 教授

慶應義塾大学総合政策学部 教授

国際派エコノミスト。国際通貨基金(IMF)エコノミストや日銀審議委員を歴任。金融政策や国際金融に精通し、脱炭素・ESGに詳しい。多数の海外メディアに英語で情報発信し多くの国際会議で講演。パリ政治学院客員教授、アジア開発銀行研究所の客員研究員も務めた。2020-21年には英国のESGスチュワードシップサービス会社EOS at Federated Hermes上級顧問を兼任。米コロンビア大博士(経済学)。
【注目するニュース分野】金融政策、ESG投資・経営、国際経済

国際派エコノミスト。国際通貨基金(IMF)エコノミストや日銀審議委員を歴任。金融政策や国際金融に精通し、脱炭素・ESGに詳しい。多数の海外メディアに英語で情報発信し多くの国際会議で講演。パリ政治学院客員教授、アジア開発銀行研究所の客員研究員も務めた。2020-21年には英国のESGスチュワードシップサービス会社EOS at Federated Hermes上級顧問を兼任。米コロンビア大博士(経済学)。
【注目するニュース分野】金融政策、ESG投資・経営、国際経済

2023年

  • 2月の消費者物価は既に先行してでている東京都区部(中旬)とほぼ同じ結果で、予想通りでした。インフレ率の低下は政府の物価対策によるエネルギー価格上昇率の低下によるもので、1月のインフレ率から1%強の低下をもたらした。電気料金の上昇率が1月の20%からマイナス5.5%に転換したことによるものです。それ以外の項目では、食料と外食を中心に、耐久財や衣料などまだ高い伸びが続いており、昨年の原材料価格の高騰が現在も少しずつ転嫁されている状況のようです。一方、インフレ率の2%の安定的実現に必要なサービスのインフレ率は1.3%とまだ2%を下回っています。全体としてサプライサイドによるインフレが続いています。

  • 今月初めパウエル議長が0.5%引き上げを示唆したが、他の地域銀行に対する不安が高まっているため0.25%の引き上げにとどめた。まだインフレ率が高いため引き上げを停止すれば、銀行問題が深刻だとのメッセージを市場におくってしまう恐れもあり利上げは必要だった。一方、ECBは先週異なる対応をした。すでに2月会合で0.5%の利上げを示唆していたため、米欧の銀行問題の懸念があったが0.5%の利上げに踏み切った。米国よりインフレ率が高いうえに、金融の安定に不安があると市場に示唆するのを恐れてたからのようだ。ただFRBはあと1回の利上げを示唆したのに対して、ECBは今後の利上げにコミットしなかった。

  • クレディスイスが発行するAT1債が無価値になり、普通株が無価値にならずに救済されることになり、欧州で動揺が広がっている。一般的には銀行破綻などの際には、普通株とAT1債が無価値になり、預金者や他の債券(シニア債)などを保護することになっている。しかし今回の債券条項において、特別な有事の際に、株式より前に一部か全額を損失吸収に使われる可能性が記されているため、今回、AT1債権者が株主より先に損失を吸収する結果となった。それでもAT1債権者の不満が大きく訴訟になる可能性があるようだ。問題はAT1債の市場規模が大きく、これを契機に欧州の銀行の資金調達が難しくなり、貸し渋りにつながる恐れがあることだ。

  • スイスの政府と中銀による迅速な対応とUBSによるクレディスイス買収がきまり、他の欧州の銀行や主要国の銀行に波及するのを回避するため、主要中銀も対応を急いだ。ドルはもっとも重要なハードカレンシーであり、国際的な活動をする銀行にとってドルの安定的調達が必要。銀行システムの安定化にも欠かせない。リーマンショック時もそうだったが、主要中銀がFRBからドル調達を迅速にできるようにし、各中銀が域内の銀行に必要があればドルを供給する。現在は6中銀のドルスワップ協定が常設されているが、より迅速に供給可能にする。昨年、一時、欧州の銀行がユーロドルスワップ市場で調達費用が高まったこともあり対応を急いだようだ。

  • 生産性が低いのは、全体として未来型の設備投資を積極的に行なっておらず資本ストックの蓄積が進んでいないことやイノベーションが限定的だったことが原因だと思います。一方、国内では高齢化も進み需要はさほど伸びない中で過当競争が起きています。企業が稼ぐ力を高めるには世界ををリードする不断の技術革新と開発力が必要です。今後高齢化が一段と進み伸び悩む国内需要を低金利で支え続けるのか、それとも2013年前の状態に戻す方向に舵を切るのか、新体制の判断がまたれます。ただ2%目標を掲げて今以上の柔軟化・正常化する場合、それを強力な金融緩和というのは論理的に難しいでしょう。下記のリンク先で論点を整理しています
    https://www.nikkei.com/nkd/theme/1932/news/?DisplayType=2&ng=DGKKZO6920072013032023KE8000

  • 米国のシリコンバレー銀行などの破綻やクレディスイス銀行への懸念から、現状維持か0.25%の利上げを予想する市場の見方も多かった。しかし、以前に予告したとおり0.5%の利上げを行った。クレディスイスがG-SIBsとして厳しい金融規制下にあり自己資本比率が高いことやスイス中銀の流動性支援もあり、ユーロ圏の銀行が総じてみると自己資本や流動性比率が高く波及するリスクが低いとの判断をもとに、インフレの抑制を優先したようだ。CBは域内の銀行のクレディスイスへのエクスポージャーがどの程度なのか調査を行ったようで、影響は限定的と判断したようだ。またスイス中銀と同様にECBは流動性供給が可能だ。

  • クレディスイス問題は、金融当局が指摘するように米国のシリコンバレー銀行などの問題とは本質的には異なる。ここ数年米ヘッジファンドとの取引にかかる損失や投資ファンドの閉鎖、マネロン、顧客データ流出など多くの経営上の問題があったところに、3月14日に過去の財務報告書で重大な脆弱性があると発表した。その時期が米国で地方銀行問題が起きていたタイミングとかさなり欧州銀行への懸念が高まった。欧米で利上げが進められている時期だけに、銀行の債券保有に対する金利リスクが意識されており、欧州の銀行の資金調達に影響するかもしれません。状況によってはスイス中銀だけでなく必要に応じてECBも対応を検討するかもしれません。

  • 全銀行の預金保護とFRBによる優遇条件での流動性支援により、今後の銀行からの預金流出は回避できる可能性がある。しかし、シリコンバレー銀行など地銀の破綻があったことで、中小企業やスタートアップ企業の資金調達費用が上昇しそれによる景気後退懸念が一段と高まっている。それが成長見通しの下押しと利下げ期待につながっている。シリコンバレー銀行ほど極端なバランスシート問題を抱えている地銀は少ないが、債券の評価ロスにより自己資本が少なくなっている銀行は多いので貸し渋りが起きる可能性がある。ただ、もし預金流出が止まり金融株式市場が落ち着いた場合には、インフレ退治のために0.25%程度の利上げをするのではないか。

  • FRBは、銀行の金利リスクの実態がわかるまでは大幅な利上げには慎重にならざるをえないであろう。今回の問題は、ドッドフランク法の規制緩和とその後の監督体制のゆるみにあるので、この問題は議会で大きくとりあげられるのではないか。とくに前者はトランプ政権時代の規制緩和の一環として実施され、共和党よりのパウエル議長もサポートした経緯があるので、すでに政党間の分断が激しい議会が一段と紛糾する恐れがあるとみている。後者の監督の問題はやはりFRB、とくにシリコンバレー銀行を監督してきたサンフランシスコ連邦準備銀行の責任がとわれるのではないか。

  • 今回、株式市場が比較的早く落ち着き始めたのは、米国政府による預金者の全額保護の決定やFRBによる特別融資制度の導入など迅速な対応が大きく影響しているのは確かでしょう。ただそれだけでなく、SVBの財務管理のミスが大きいことも理解され始めています。SVBは、預金者がテック企業の経営者などに集中し過ぎていたことや、長期債券の保有が多いことも破綻につながったようだ。つまり満期のミスマッチや過度な集中度の是正に十分対応していなかったことになる。適切な時期にモラルハザードを抑制させるための措置も必要になると思います。